かつて、ある女性作家が週刊誌で「出産したら女性は会社をお辞めなさい」という旨の発言をして、物議を醸したことがありました。この方は「産休」のような「女性をめぐる制度」は会社にとって「迷惑千万」だと否定していました。そういう制度を利用する女性は「自分本位で、自分の行動がどれほど他者に迷惑をかけているのかに気づかない人」だというのです。
この作家はどこの世界で生きている人なのだろうか。実際に働きながら子育てをしているお母さんと少しでも関わったことがあるのかなと当時思いました。
私事で恐縮ですが、私には二十歳を過ぎた長男がいます。両親共働きのため、0歳児の頃から保育園に預けていました。
今でも忘れられない光景があります。ぎりぎりまで働いて子どもを迎えに行く時がありました。保育園に着くのは延長保育が終わる時間です。駅からそれほど遠くはない保育園に預けていて、迎えに行くのに私は小走りで向かいました。
雨が降り始めましたが、傘を持っておらず、しかし傘を買うとなると時間がかかってしまうので、とにかく走りました。すると同じように急いで走っているお母さんと会いました。長男の一つ上のクラスのお母さんで、お迎えが同じ時間帯だったのです。汗で化粧がはげ落ち、必死に走っているお母さん。遅れたからと言って保育園の先生に何か言われるわけではないのですが、それでも二人とも急いでお迎えに向かいます。
「子どもが待っているので」とはなかなか言えず、まるで罪人みたいに申し訳なさそうに会社を出たこと。誰もいなくなった保育室で、子どもが一人待っているかもしれないと思うと、胸が締めつけられそうになること。こんなことなら働くんじゃなかったとどこかで後悔していること。きっと、このお母さんはそんなことを考えていたのでしょう。当時私も似たような気持ちをどこかで引きずっていましたから、容易に想像ができました。
私が知っている働くお母さんたちはみんな、一生懸命でした。会社や周りに「迷惑をかけない」ようにしていました。そんな気持ちで子育てをしているお母さんを、冒頭の作家さんは、想像したことがあるのでしょうか。当時、この発言に対して、社会的には賛否両論でした。「産休」制度を否定することだから、この発言は労働法違反だという反対意見もありました。
しかし、私は法律以前に働くお母さんへの無理解さに憤りを覚えました。世の中のお母さんの実態をきちんとわかっているのか、と。
園に到着すると、長男は一つ上の女の子と仲良く遊んでいました。
「○○ちゃんのお父さん、走ってきたんですか? しかも濡れているじゃないですか」とか何とか言って、保育士さんはどこからかタオルを持ってきて、私に手渡しました。
「○○ちゃんのママと一緒だったんですね」と穏やかに話していました。
延長時間を少し過ぎていた気がします。それでも私たちを急かすわけでもなく「今日は○○で遊んで、すごく楽しんでましたよ。年上の子と遊ぶのが好きみたいです」と笑顔で話してくれました。この先生と話していて、当時「心が救われた」思いをしたことが、今もありありと思いだされます。当時まったく違う職業をしていた私は、保育園の先生ってあたたかくて、ステキだなと感じました。
私の長男を見ていた先生は、すでにその園を退職なされたと聞いています。しかしこうした私の記憶が、今保育の世界に入って、親の気持ちを理解する一助になっていることは間違いありません。私も同じようでありたいと願って、日々仕事しています。