子どもの目線で世界を見たら

先日、屋上の園庭で子どもが立ち止まって何かを見ていました。近寄って覗いてみると、小さなアリさんが、ぞろぞろと同じ方向に歩いていました。子どもたちは、驚きの喚声をあげたり、指を差したりとその様子を食い入るように眺めていました。大人からすると、何気ないことかもしれませんが、生まれて間もない子どもからすると、アリの行列も事件なんだなと思いました。

最近私は、「子どもの目線で世界を見ること」の大切さをつくづく感じています。大人は無意識のうちに、自分の目線、自分のスピード、自分の価値観で物事を見てしまいがちです。しかし、子どもが見ている世界は、大人とはまったく異なります。

赤ちゃんがハイハイをしているとき、目の高さは床からわずか5〜10センチほど。その低い視点で、床の模様や小さなゴミ、光や影を眺め、触れ、時には口に入れて確かめながら、世界を探索しています。大人がしゃがんでも見えないさらに下の世界を、赤ちゃんは、いつも眺めていることになります。

やがて伝い歩きを始めると、視界は40〜50センチほどに広がり、見える景色も変わってきます。そして一人歩きができるようになると、行きたい場所へ自分の足で向かい、世界は一気に広がっていきます。
赤ちゃんがしばしば「抱っこ」を求めるのは、甘えやスキンシップだけでなく、「もっと高いところから、この世界を見てみたい」という気持ちの表れなのかもしれません。

1歳前後になると子どもは、少しずつ歩けるようになってきます。子どもにとっての「歩く」ことは、大人のように目的地へ向かう移動ではありません。

立ち止まり、しゃがみこみ、見つめ、触り、また進む。草花、虫、石ころ、落ち葉――目に映るすべてが新鮮で、子どもにとってそれらは、驚きや不思議に満ちた“未知の世界との遭遇”に他なりません。自分の足で歩き、自分の目線で世界と出会うことが、子どもの好奇心を大きく育てているのだと思います。

園の子どもたちがよく出かける戸山公園には、少し急な斜面があります。1歳児クラスの子どもたちは、その斜面を登ることが大好きです。危険がないよう保育者がそばで見守りながらですが、子どもたちは「そこに山があるから」と言わんばかりに、足場を探し、四つんばいになって一生懸命登っていきます。登りきった時の誇らしげな表情は、まるで大人が富士山に登頂したかのようです。

「初めの一歩とは、親から離れる方向へ歩き出すことだ」とある哲学者が語っていました。安心できる大人の存在を背にしながら、興味のあるものへ向かって歩き出し、時々振り返って大人の姿を確かめる。そして、不安になったらいつでも戻れる――その“行ったり来たり”の中で、子どもは少しずつ自立への歩みを進めていきます。

珍しいものを見つけると、ぎゅっと握りしめて大人のもとへ見せに来る姿には、「一緒に喜んでほしい」という気持ちがあふれています。子どもが出会う初めての出来事を、大人がどう受け止め、どう共感するか、その積み重ねが、子どもの情緒や自己肯定感を育てていきます。

子どもが歩けるようになること、身体を自由に動かせるようになることは、単なる発達・成長の通過点ではありません。自ら世界へ踏み出し、興味を広げ、自立の芽を育てていく大切な土台です。私たちはこれからも、子ども一人ひとりの目線に立ち、その探索の旅にそっと寄り添いながら、成長を見守っていきたいと考えています。