わが子でも、自分の思い通りになるわけではないジレンマ!?【園長の保育雑談】

私たち大人は、子どもに対してついつい上から目線でモノを言ってしまうことがよくあります。

「これ、ダメって言ったよね! 何回言ったらわかるの?」、「それできないんだったら、知らないから!」、「なんでそんなことしてるの?」、「そんなことはしないの!」などなど。会社で後輩にこんな発言をしていたら、パワハラで訴えられてしまいます。

うちの園のM先生は、小さい頃カップラーメンに水を入れたらどうなるのか試してみたくて、実験してみたそうです。ちょうどその現場を親に見つかって、「何バカなことをやっているの?」と理由も聞かずに叱られた経験があるそうです。

でもどうして夫や妻、同僚など大人相手に言わないことを、子どもには発言してしまうのでしょうか?それは子どもが持っている特性にあります。

子どもの特性には、

  1. 見た目が非常に小さいこと
  2. 行動が危なっかしいこと
  3. 言葉で十分に説明できないこと
  4. すぐにぐずったり泣いたりすること

などが挙げられます。

子どもが「何をしでかすか分からない」ことを、逆に楽しめるように、保育していきたいですね

しかし同時にここに並べた特性は、子どもの「かわいらしさ」や「愛おしさ」と表裏一体です。大人は「かわいい」からこそ、手伝ってあげたり導いてあげたりしようとします。

大人がガミガミと声掛けをしてしまう裏には、子どもというものが「何をしでかすかわからない」という、不安感があるのだと思います。これは、子どもを「信頼しきれていない」ということでもあります。だからこそ「大人が良いと思う方向」へ子どもをコントロールして「安心」を得たいという気持ちがあるのではないでしょうか。

ここで、私たち親は「子どもは自分の持ち物ではないし、自分の支配下にあるものでもない」ことを、受け入れなくてはなりません。「何を当たり前のことを?」と思うかもしれませんが、この事実をしっかりと認識することはそう簡単なことではありません。
実際に母親は自分のお腹から生まれてきたことや、母乳をあげたりしたことによって、実感として別人格であることを認めるのには、時間がかかると言われています。

でも、子どもは親の遺伝子は引き継いではいますが、誕生した時からまったくの別人格なのです。自分と「同じ」ではないのですから、どう感じてどう行動するのかは、予測不能です。この不確かさを受け入れていくことに、子育ての難しさがあります。

人格を尊重するとは、相手を「信頼」することが出発点です。信頼とは、「この人はどういう行動をするのかわからないけれども、この人だったら大丈夫だろう」と任せることです。相手の力を信じ、行動をコントロールするのではなく、ゆだねようとする姿勢です。

子どもに当てはめてみると……、「子どもの行動には何か理由があるはずだ」とか、「危ないところ以外は子どものペースに任せてみよう」とか、まず自分とは違う人格・存在として、子どもの行動に一定の理解を示し、承認していくことです。

逆に言えば、親の価値観や行動範囲からどんどんはみ出していくことに、むしろ期待感や喜びを感じられるようになれば、子育ても楽しく感じられるようになるはずです。親と「同じ」ではない存在である子どもの不確かさを受け入れていくところに、子育ての醍醐味があるように感じています。

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