早稲田大学福島せんせいの保育メモ(3)

成長著しい1歳児「ひかる組」さん、今回は「ことば」だけではなく、内面の育ちにも注目したレポートを書いていただきました。

10/20 驚異の成長~4か月ぶりの1歳児~

本業の都合により、4か月ぶりに保育に参加しましたが、この間の1歳児ひかる組さんの成長ぶりには大いに驚きました。

朝の時間、TくんとZくんが私のリストの写真をみて「いた」と自分を確認しています。この「た」は、過去の時制を表すものではなく、発見の「た」で、現在を状況を共有する表現ともいえます。他の子の写真を指さして、「○○はいる?」と聞くと、周りを見渡して指差します。また、子ども同士の接触も増え、多少乱暴な行為も多くなった印象もあります。ドアを開けて誰が先に通るかなどで、泣く子もいましたし、物の取り合いもいくつかありました。自意識が強まったのかもしれません。

一番驚いたのは、遊び場が整頓されていること! 子どもたちは、自分で片付けができるようになっており、整然としていたのです。以前も、片付けはしていましたが、今日は先生がお手伝いを頼むと、みんなが自分で片付けられるようになっていました。

この日、おやつと昼ご飯の時、前で仕切っていた、H先生。対話的な手法で見事に子どもの関心をコントールしているのが印象的です。「あたま、かた、ひざ」の遊びを行ってから、より難しい身体の部位の語彙(まゆげ、ひじなど)を子どもたちに聞きます。

あたま・かた・ひざは着席する際の姿勢を作る歌となっているようで、子どもたちが反応します。行動規範を教育する活動のようです。

クレヨンで絵を書く活動をする前は、画用紙の色をみんなで確認します。「黒」などの基本的な色の語彙の他、少しめずらしい色(むらさき、おれんじなど)も導入されています。どの程度、新しい語彙の導入が計画されているのかわかりませんが、活動という文脈を利用した非常によい語彙教育だと思います。

さらにその後、個別の色塗りの活動に入るため、海外がルーツの子どもたちに対しては、個別に使っているクレヨンの色などで、より基本的な語彙を確認できると思いました。一歳の子どもたちは、両手にクレヨンを持って描くこと、クレヨンを使って強い線を描くのがまだ難しい子どもがいる、ということが発見でした。

10/27 何か足りない、うまくいかないときに言葉が発達する?

子どもは発話がないからといって、言葉がわかっていないわけでもなく、先生や他の子どもたちとコミュニケーションをとっています。そこで、これまで子どもたちの発話に注意していたのですが、先生の発話(子どもにとってのインプット)の機会に注意すると、子どもたちの言語学習環境が記述できるのかなと思いました。

今週、おもしろかったのは、うまくいかなかったり、障害となったり、何か足りないできごとがあったときに、様々な機能の発話があったことです。例えば今週の活動の一つに砂場遊びがあったのですが、あえて先生方は全員を砂場に送らず、行きたいという子どもたちを行かせていました。すると、二階で遊んでいた子どもが、下の階に行きたい素振りを見せます。その時、先生は「砂場に行きたいの?」という、希望表現(~たい)という表現を使いました。

子どもが先生に対して、「~したい」という表現を使うことは聞いたことがなかったので、子どもたちの希望を代弁する形でインプットする機会があるのだなと思いました。同じような場面は、食事のとき、空になったお茶のコップを振る子どもに「おちゃ、ほしいの?」と、「ほしい」も導入されていました。

また、子ども園にある遊具は、子どもたちの能力を超える遊びを促すものが多く、子どもたちはすべったり、上に乗ったりしています。わたしはいつもハラハラしてみているのですが、その結果「上手だね」とか「危なかったね」など、多くの形容詞、形容動詞を使うチャンスがありました。(現在・過去など時制のバリエーションも豊富)子ども園の遊具や、遊びの構造に、言語習得のキーがあるなと思いました。

11/10 泣くこともケンカすることも、発達には必要

今回も、子どもの発話だけでなく、先生の働きかけとあわせて現場をみてみました。

①「欠如」から生まれる関係性、ことば

前回も書きましたが、こども園の環境の中で、障害となるできごとや不足が、子どもたちにとっては環境からの働きかけとなり、交流とことばが生まれる様子が見られました。この日は、屋上で遊んでいましたが、子どもに人気のある車が人数分はありません。この環境から、車の取り合いが生まれましたが、これを先生方が譲り合い、順番待ちという教育の場面とされていました。

Yくんが、ある子どもの車を奪いました。わたしなどは、「とったらだめじゃない」「乱暴はだめだよ」など言いそうですが、O先生は、「あっ、どうしたの?」「○○くん泣いてるよ」など、時間をとって子どもの内省を促していました。

Yくんは、「あっ」を言われた段階で、バツが悪そうに止まって先生のことばを聞いていました。「○○くん泣いてるよ」ということばは、他者の心に思いを寄せるよう促すことばで、Yくんは、目を宙に浮かせながら、じっと自分自身の心を探っている様子が印象的でした。

最終的には「順番にしようね」というルールの話に決着するのですが、押し付けではなく、自分や相手の心に思いを寄せてから、ルールに向かうのはすばらしい展開だと思いました。

屋上にある花壇と車庫の間の段差も、子どもたちにはチャレンジングで、「ゆっくりね」とか「順番に行こう」など、言葉かけの場面となっていました。最初、車が足りないのを見た時に、「子どもの人数分あればいいのに」と思ったのですが、考えてみれば、これだと何も起こりません。心も騒がないし、ルールもいらない。そこにはことばは生まれません。

ただ、何か起きた時に、適切な言葉がけは必要なのだと思いました。先生方は適切に、時間をかけて、教育の場にさせていることに、(いつもながら)本当に感心させられました。これは親にはなかなかできないなと思いました。わたしなどは、子どもが泣かないように、喧嘩しないようにと思ってしまうのですが、泣くことも喧嘩することも発達には必要なんですね。

②過去形~いま、ここだけではなく過去と未来に広げる~

O先生の言葉かけがとても印象的でした。朝の時間にKくんと「おたより(?)」の話をしていました。(正確には忘れたのですが)「○○したんだって?」と聞いていました。これは、「あった!!」「見つけた!!」の「~た」ではなく、明らかに過去形の「~た」の使用です。

Kくんは、その時は、ことばでは返さず頷いていたのですが、「過去」という「ここにない時間」に思いを寄せているような表情が印象的でした。また、O先生は、屋上では花壇をみて、おそらく昔そこで何かしたときのことを子どもに話していました。 その後、花を見ながら「花が咲くね」と未来の話もされました。
一歳クラスの発話は、「いま・ここ」が多く、そこから世界の認識、ルール、自分や友達の感情といったことばに結びつくことが多かったのですが、O先生の発話は、子どもの世界を過去と未来に広げるようで興味深かったです。

このような先生たちとの対話により、子どもの世界が、「いま・ここ」の目に見えることに加え、自分の内面、友達の内面、過去、未来に広がっている様子が見られました。